| 平成2年3月 | 諫早市立北諫早中学校卒業 |
| 平成2年3月 | 修学舎入寮 |
| 平成3年4月 | 私立大濠高校入学(3年間修学舎から通学) |
| 平成6年4月 | 同志社大商学部入学 |
| 平成10年3月 | 同上卒業、以後修学舎勤務(2年) |
中3で受験した3校(諫早鎮西高、創成館、大村園芸)は、全て不合格でした。当然でした。中1の末から生活が乱れ始め、大幅な遅刻や欠課を繰り返し、長期の欠席が平気でしたから。世間知らずで、似たような先輩や仲間の勢いもあり増長していました。ところが、その仲間たちが上記3校のいずれかに合格したのには参りました。担任からの連絡で、北諫早中の2学年先輩が修学舎で中浪し成功した事を知り、急いで母親と兄と共に出向くと、 寮生たちの明るさに驚きました。応募者が多かったのですが、担任と親の熱心さで入寮できました。
当初、小学校の内容から学習を始め、慣れると加速し、高校入学前に英語は高1の内容をほぼ終えました。中学で一番苦手だった英語は、フクトテストでは満点を、高校入学後は全国模試で学年トップを経験しました。他の教科でも多くの学習量をスピーディにこなす快感を知りました。中浪同期の仲間も全員成功しました。いつでも行けるのに怠けて、悪ぶって学校を休んだ私と違い、心因的に行きたくても行けなかった3名の元不登校生(中浪同期)は1年ですっかり顔つきが変わりました。女子生徒は中2、中3の2年間の全休でも県立糸島高校へ、男子の1人は県立熊本北高校、他は熊本商科大附属へ進学しました。
ところで、修学舎は到る所で爆笑が起こり、明るく活気がありました。その原因の一つは過去に修学舎の生徒だった先輩の学生指導員の存在でした。所属する大学は、東大、筑波大、立命館大、九大、福大、西南大など、そうそうたるものでした。
15の春は泣いて良かった。結局、あの時の仲間たちは高校入学後、まもなく全員退学しました。私も合格していれば同じはずでした。勉学には一生縁がなかったでしょう。平成23年3月でまる21年。修学舎には、その当時の先生方が数名在職中で、今でも連絡し合っています。