F.T. 君の体験談

平成7年3月 佐賀市立成章中学校卒業
平成7年3月 修学舎入寮
平成8年4月 佐賀県立佐賀西高校入学
平成11年4月 福岡大学法学部入学
平成15年3月 同上卒業

「中学は、部活、交遊多くしておろそかにせり学ぶ大事さ」、「低い学力恥と思わず、どうかせねばと自覚だにせず」であった。しかし、高校入試が近づき、考えた末、私はそん な学力で行ける高校へ進まずに中浪することにした。
修学舎には、佐賀市出身で中浪として一年先輩が2人いて、共に佐賀では No.1 の県立佐賀西高に合格していた。中浪生以外に寮から西南高や城南高などへ通う寮生もいて、情報が豊富だった。夏休み等、短期入寮の遠方からの中高生との地方色豊かな交流もあった。同期の中浪生で寮に残り3年間、高校通学をしたのは、沖縄市出身のT.Y.君 <中浪 →修猷館→千葉大(薬)> と、大牟田市出身のK.T.君 <中浪→大濠高→帝京大(医)> の2名だった。
高3の冬1-2ヶ月、中浪以来久しぶりに、寮に戻り、先輩の山大生や福大生の助けもあり、私は、山口大(経)や、福岡大(法)に合格した。私を指導した数人の大学生のひとり、当時大学2年のM.N.さん(八代市出身、中3~高3の4年間寮生、現在は女医)は、私が中浪の時高2で、1年間寮生活を共にしていた。彼女の兄2名(現在、両名とも医師 )にもお世話になった。 その頃、M.N.さんの長兄(高2・3年の2年間寮生)は福大(医)の学生で、次兄(中浪で1年間寮生、東明館高)は久留米大(医)の学生だった。
大学入学を期に、私は生徒側から教師側にまわった。福岡に残った為、修学舎の仕事に多く関わり、不登校、引きこもりの出張指導にも参加した。私が指導した中浪同期の K.T.君の弟、妹は、中1~高3に短期入寮を繰り返し、両名とも兄と同様、医学部へ進んだ。修学舎を通して、交友関係に恵まれ、人の為にお役に立つ充実感を味わえた大学4年間だった。

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